- ヘルマンハープを知る旅 第6回 -
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![]() 奏法は構えが大切です
![]() 美しい弾き方は美しい響きを生み出します
![]() パウゼ(休憩)時間は参加者の情報交換の場
![]() 教会のシスターからも質問が
![]() 音楽学校の校長先生にも奏法は焦点となる課題
![]() ステージでは、奏法を使って他国の歌の表現に挑戦しました
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奏法セミナー 「内容の巻」
エッセイが更新できていないことをなるべく静かに、人に知られないように願っていたが、この秋に、トッパンホールの演奏会に来てくださった評論家の佐藤健志さんから、「エッセイが5か月も更新されていないのでヨロシクネ!」とさりげなく言われてギクッとした。人に読んでもらうためにエッセイを書いているくせに、「エッセイを読んでいる人がいるんだぁ!」と今さら驚いたりする。 言い訳であることは明らかだが、教室指導を月に17回している。ヘルマンハープの教室を各地でアピールするために先陣を切ってスタートさせてきたので多くなってしまった。インストラクターのための講習も月3日ほどあり、その他に演奏会や講演などの行事を月4、5日は行っている。しかも西宮と東京を毎週往復している。ハープの練習をするのは、ほとんど夜中だ。夜中に弾けない楽器だったら、筆者は間違ってもヘルマンハープの奏者にはなっていない。 そこへ持ってきて、執筆中の奏法エッセイの中に割りこむように、その奏法の内容が教則本として出版されることになった。奏法の内容は2009年から書き溜めてはいたが、この4月からは常に原稿の締め切りとの戦いが始まった。2012年2月に音楽の友社から、『ヘルマンハープの奏法~基礎編~』(梶原千沙都著)が出版される。実は、内容が多くて一冊にまとまらなかったので、今回は基礎編が出版されることなった。 奏法の本が実現したのは、「開発した奏法のセミナーをドイツで行ったところ、参加者からの講評がよかったから」。―という理由に負うところが大きい。 なんといってもドイツは本家本元。開発者のヘルマン・フェー先生、そして先人の指導者たちの承諾と評価を仰ぐことなしには、インストラクター研修会で講習を進めることは自分自身が許さなかった。言いかえると、やっと見てもらえる内容がまとまったということなのだ。受講した皆さんが何を喜んでくれたかは、「単にハープの前に座ってはじくということではなく、他の楽器と同じように演奏する“芸術”なのだ」、「演奏テクニックの確立により、ヘルマンハープは価値の高い独自の楽器に発展することが出来るはずだ」といった感想の中にある。「このヘルマンハープには規則性のある奏法が存在するのだ」という確信が、ドイツの指導者たちの悩みを解消した。『ヘルマンハープの奏法~基礎編~』には、練習楽譜28曲とともに、参加したみなさんの感想集が添付されている。詳しくはそちらをお読みください。 ドイツで開催した奏法セミナーは3時間だったので、講義の内容は限定され、以下のような基礎とエッセンスを抜き出しての講義を行った。 1.ヘルマンハープの奏法とは 演奏実習では以下の日本の曲を事例にあげて講義を行った 1曲目《さくらさくら》 音の長さの表現を無視していたのでは、ヘルマンハープの奏者とは言えませんから、ここはしっかり練習しました。「さくらー」の「らー」に「溜め」の技法を用いると、邦楽としての味わいも深くなりますので、それにも挑戦。 この曲など典型的な例で、ヘルマンハープの楽譜を見ることで、楽曲分析がしやすいというお話し。「問と答え」、「ダイナミクス」「リズムパターン」など。 合いの手も入れてみて、メロディーの音との差別化をするための音色の作り方も講習。 2曲目《茶摘み》 du-u di du du(ドゥ‐ウ ディ ドゥ ドゥ)というお囃子のようなリズムを基調に演奏する。各フレーズのはじめの伴奏音taja(2拍の音の長さです)にどうやって威勢の良い太鼓の一打を表現するかの手法を実験。 メロディーが下向するところは、手が滑り降りてゆくままに弦をはじきがちになる。歯止めを効かせる方法はやはり、基本奏法にある。 3曲目《宵待ち草》 音の長さを2倍にして書き直した楽譜、2倍ノーテンを使い、ダカーポ唱法で読んでいくと、八分の六拍子という拍子感を誰でも習得できる。ここで受講者は、教える上でも“ダカーポ唱法”の効果を再認識。 「こーよいは 月も~」の旋律の山を、さて、どのような手法で表現するか。もともとヘルマンハープは「ジャーン!」という音の厚みを出すのは性能として苦手な楽器である。異なる楽器には異なる表現技術がある。 日本の曲の演奏実習の後、引き続いて、すぐに皆さんに弾いてもらうのは難しいので、筆者が《千の風になって》、《ジムノペディー》、《北の国から》をLハープのソロ演奏を披露して、楽曲ごとのポイントを解説した。 このあたりまで聞いていただくと、「ヘルマンハープの弾き方においては、実は、やらねばならないことがたくさんあること。そして、それをどう伝えればよいのか。」が参加者には見えて来る。『自分のグループの次回の練習では、メンバーとともにこの日本の奏法に是非取り組む』と言って帰って行った。 「またドイツで奏法講習をしてくれるでしょ?」と何人も聞いてくださったが、いわゆる“めっちゃ疲れる”と実感したのは、何よりも講義をドイツ語で行うという点。日本語でよければ、また来ます。 ところで、なぜドイツで体系的な奏法が開発されなかったのか?と思いませんか? 筆者が今思いつくだけで、4つ理由があります。 〈その1〉 奏法のセミナー参加の指導者の中にはキリスト教会のシスターも。ドイツでは信者さんが、オルガンでなくでもヘルマンハープでだれもが神様のご用ができるということで、教会でも讃美歌の演奏にヘルマンハープが活用されている。また、演奏会の会場としてもいたるところにある教会はもっともひんぱんに演奏会の行われる場所である。 教会で弾くとヘルマンハープの音色はなおいっそう美しい。音の長さの表現など意識しなくても、ロングトーンの長い響きもドームの高い天井が作り上げてくれる。つまり、建築的な環境がヘルマンハープの演奏に適しているために、弾くだけという弾き方でも、演奏において高い満足度が得られてきた。 〈その2〉 ドイツではアンドレアスさんをモデルに、福祉分野(障がい者支援、リハビリ、高齢者施設、緩和ケアなど)での活用が日本より進んでおり、演奏法に重要性が見いだされて来なかった。 〈その3〉 ドイツ、なかでもアルプスの麓の山岳地方には、チターなどに代表される撥弦楽器(弦をはじく楽器)のための楽曲が無数にあり、それらはまさにヘルマンハープの演奏に無理がなく、演奏に適した楽曲群等を、ただはじいて音を出すだけでも、ノリのよい山岳地方の曲をお祭り的に楽しんで弾ける。つまり、歴史的な経緯から、ヘルマンハープに適した豊富な楽曲が存在する。 〈その4〉 ドイツには日本のような教室のシステムがないので、ヘルマンハープ教室の信頼につながる基礎的な弾き方のマニュアルが必要ではなかった。 もっと他に目には見えない深い理由もあるかもしれません。何はともあれ、ドイツの新聞は『日本発の演奏法』という見出しを記事につけて掲載するし、演奏法の誕生を心から喜んでくださった、セミナー参加者のドイツ人の姿勢には驚くべきものがあった。エライ人がスゴイと言ったからスゴイと思えるのではなく、ドイツの人たちは、新しいものから生まれるべきものを自分で見極めようとする。このような人々の姿勢が『発想の国 ドイツ』を作り出しているのだろうと感じた。 掲載の遅れにも愛想をつかさず、今回もお読みいただいた皆様!ありがとうございます。 |







